ゆめのあと

に綴る文は星々のさんざめく日々

『グランド・ブダペスト・ホテル』感想

あのシュテファン・ツヴァイクから想起されているとのことで(二重帝国出身の作家です)。
物語の舞台の旧ズブロフカ帝国なんてどう考えてもハプスブルク帝国を彷彿とさせるし、なんでホテルの名前がブダペスト?絵に描いたように美しいホテルってそりゃそうだ、ホテルの背景が絵だし!
公式サイトのあらすじを読んだ時点で「いい意味で」つっこみところ満載で、これは楽しい映画だろうなあと思っていました。

実際最初から最後までコメディタッチなんですが、「失われた時代」(いわゆるベル・エポック)への郷愁がかすかに漂っていて。
それはまさに、戦間期オーストリア第一共和国を学んでいたときに感じていたそれで。わたしが勉強していたのは、映画で取り扱われていた時代よりちょっと前なんですが。
オーストリアに限らず、この時代のヨーロッパはどこでもこんな空気が漂っていたんでしょうね。

コンシェルジュのムッシュ・グスタヴ・Hの、究極のおもてなしの一つである「夜のお相手」。
選ぶ女性が「金持ち」「老女」「金髪」「不安を抱えていて愛を必要としていた」というのも、「失われた時代」を彷彿とさせる一要素のように思えました。
そもそもグスタヴ自身が、「失われた時代」そのものを具現化したような人だったんだし。
だというのに、映画そのものは温かなぬくもりに包まれている。重い時代を扱っているのに、その重さを悲劇的に語らない。
あのモノトーンのシーンを除いて。

2回目、むりやりだったけど観に行ってよかったです。
もし行かなかったら、2回目で気づいたことや思ったことはブルーレイで観るまでお預けだったんだなーと。
ZとA。回るメリーゴウランド。一瞬が永遠になった瞬間。
陶器のペンダント。グスタヴにとって大切なものだったに違いないペンダントをアガサに贈るということは、ゼロとアガサ二人への最高の祝福。
若き日のゼロが、必死に拳を握って罵りに耐える様子。その瞳はでも、敬愛するグスタヴをまっすぐ見つめていて。

そして、晩年のゼロが作家に語る言葉の真意。
1回目は情報量の多さに圧倒されていてきちんと汲み取れずにいたんですが。2回目で再びその言葉を聴いたときは感嘆の息をついてしまいました。

あの、戦間期の20年、「誰も望まなかった国」とまで言われたオーストリアにもきっと、グスタヴのような人は確かにいたんだろうなって。
いや、どんな時代にもきっといるんでしょうね。グスタヴや、ゼロのような人たちが。
今の日本にもいてほしいなって、祈らずにはいられませんでした。

 

(14/07/12頃に書いたものの再録)